神楽の歴史

岩手の神楽 分類と特色

社風神楽

山伏神楽大半占める岩手県内においては貴重な、社家神職組織した神楽です。神職は、神社での祭儀社務従事するのことで、一般的神主神官指します。社家は、神職世襲する氏族のことです。明治(1871)に神職世襲制廃止されましたが、第二次大戦後神社神職政府管理下から離れたため、かつての社家や、明治以降神職となった氏族子孫神職世襲する増加し、現在では、これらを総じて社家呼んでいます。
社家神職伝える社風神楽としては、盛岡市大宮神楽代表的ですが、演目見る山伏神楽共通するものも多く修験との関連性窺えます。森口多里は、その著書で「南部藩盛岡藩)の社家神楽山伏神楽から出たものと思われる」と示し、また、本田安次分類では、山伏神楽とされています。神道要素山伏要素融合など、歴史宗教見地からも重要握る神楽です。
岩手県内では、大宮神楽花巻市丹内山神社社風神楽などがあります。

代表的な社風神楽の紹介
大宮神楽 岩手県盛岡市 (盛岡市指定無形民俗文化財

大宮神楽「山の神」

大宮神楽は、大宮神社奉納する神楽です。坂上田村麻呂同行した神主とする社家受け継いできたとされるものですが、現在大宮神楽保存会伝承しています。
天保(1838)の神楽本には、18演目記されています。現在確認できるのは、そのうちの16演目です。山伏神楽共通する演目見られますが、山伏神楽において演目重要性示す式舞」などの呼び方や、「表舞」、「裏舞」という区別はありません。演目区別する意識としては、白い用いて奉納する「陽の踊り」と、黒い用いて滑稽踊り人々善悪教える陰の踊り」があります。
南部叢書所収文書には、慶長年間(1592~1615)に、盛岡市中津川架けられ、その渡り初め獅子舞神楽奉納され、盛岡城烏帽子岩を3回って悪魔退散祈願行ったという記述残されています。
盛岡鎮守八幡宮盛岡城内三社祭礼にたびたび招かれたという記録や、藩公から下賜された神楽衣装などが、隆盛ぶりを伝えています。