神楽の歴史

岩手の神楽 分類と特色

南部神楽

岩手県一関地方宮城県栗原地方にまたがる霊山自鏡山で、縁日例祭法印たちが集って大祈祷行い神楽奉納したのが南部神楽始まりと云われています。
明治維新前までは、として法印によって舞われていましたが、農村若者見様見まね舞い遊ぶこともあったようです。修験道廃止によって法印制度がなくなると、一時神楽衰退しますが、農民たちによって再興されていきます。古くから行われていた山伏神楽番楽混ぜ合わせたものに、伝説奥浄瑠璃などを脚色して、大衆的独自神楽創り上げました。
舞手自身声高らかにセリフを述べるが、南部神楽最大特徴とされ、民俗学者森口多里は、著書南部神楽を「セリフ神楽」として紹介しています。
南部神楽は、一関地方含む旧仙台藩伝承されていた法印神楽母体としていますが、胴前太鼓拍子基本は、岩手県早池峰山中心とした山伏神楽影響受けていると考えられており、演目にも山伏神楽共通するものが見られます。
南部神楽演目多くもなお、新作編まれています。大別すると、祭礼などで最初神々奉納される「式舞」と、式舞をのぞくすべての演目劇舞」があります。劇舞は、神話伝説漫才のような滑稽なものまでバラエティ豊かで、演劇性高く庶民娯楽としての役割果たしてきました。
岩手県内南部神楽では、奥州市前谷地神楽一関市達古袋神楽笹谷神楽布佐神楽などがあります。

代表的な南部神楽の紹介
達古袋神楽 岩手県一関市

達古袋神楽

達古袋神楽は、達古袋地区鎮守八幡神社奉納神楽として舞われてきたものです。八幡神社は、坂上田村麻呂によって勧請されたと伝えられています。火災により、資料焼失していますが、康平(1062再建という棟札残されており、歴史古さ伝えています。
達古袋神楽歴史もまた古く文明10(1478)に京都本山派修験相模坊八幡山常学院開いたに、八幡神社奉納されたと云われています。弘化年代(1844~1847)に盛んになり、明治以降庶民移ってからは、岩手県胆沢地方宮城県北部にも神楽伝えています。