神楽の歴史

岩手の神楽 分類と特色

その他の神楽

これまでの分類該当しない神楽として、江戸里神楽流れ汲む盛岡市多賀神楽気仙地方でかつて行われていた法印神楽などがあります。ここでは、昭和51まで伝承されていた江戸里神楽について見ていきましょう。
江戸里神楽は、江戸時代から、神楽専門行う神事舞太夫」によって江戸近隣各地神社祭礼行われてきたものです。江戸時代初期伝わった埼玉県久喜市鷲宮土師一流催馬楽神楽がルーツとされています。
強い演劇性特徴があり、本田安次は、出雲流の神楽採物神楽)に分類しています。江戸里神楽は、文化年間盛岡市伝えられますが、この神楽演劇的色彩濃いものであったとされています。

代表的な江戸里神楽の紹介
多賀神楽 岩手県盛岡市

多賀神楽「玉取り」

盛岡市多賀神楽は、江戸舞江戸里神楽)と地神楽の2種類があったと記録されています。地神楽は、従来多賀神社舞われていたもので、江戸舞は、文化(1806)に盛岡藩主南部利敬により、多賀神社社人神社仕えて社務従事する神職数名江戸留学して、江戸里神楽習得したものです。
江戸舞は、江戸後期狂言要素取り入れた洗練されたで、盛岡でも人気ます。やがて、多賀神楽言えば江戸里神楽流れ汲む江戸舞指すようになっていきます。 多賀神楽は、明治初年頃神職離れ斉藤氏一族などに伝承されますが、昭和51継承者絶えています。