神楽の歴史

岩手の神楽 源流

民俗芸能宝庫言われ岩手県平成~8にかけて岩手県教育委員会行った調査では、1,064団体確認しています。このうち、神楽は422団体で、全体の3割以上占めています。
岩手神楽は、①山伏神楽大乗神楽南部神楽社風神楽太神楽 ⑥その江戸里神楽流れ汲む盛岡多賀神楽気仙地方でかつて行われていた法印神楽など)の6つに分類できます。そして、多く神楽が、成り立ちのうえで、多少なりとも修験道影響受けていることが重要特色として挙げられます。
修験道、そして、山伏-。岩手神楽との関わりについて、歴史から追っていきましょう。

修験とは何か?


※写真提供 e-goma.net

広辞苑によれば、「修験」とは、山野において霊験得るためのすることを指す仏教用語です。「修験道」は、役小角とする仏教一派で、日本固有山岳信仰面影伝えるとされています。この修験道修行者修験者、または山伏呼びます。
修験道宗教形態詳細見ていくと、広辞苑書かれているものよりも、さらに複雑成しています。日本古来自然崇拝にもとづく古神道一つでもある山岳信仰に、仏教密教道教陰陽道など様々宗教思想影響与え造り上げたものです。様々理念取り入れた形態持ちつつも、実践重んじることを第一特徴とし、山岳入って修行行うことがとなっています。

日本人と山岳信仰

まずは、修験道のベースとなる、「日本人根ざす山岳信仰」について詳しく見ていきましょう。
縄文時代には、日本列島の8占めていたとされており、は、生活そのもの、生活与えてくれるものとして信仰対象とされていました。
弥生時代入ると、人々は、開墾し、稲作営みます。恵み与えてくれる山の神祖霊坐すところとして崇めるだけではなく、荒々しい邪霊住む霊地として恐れられてもいたようです。そのため、に、道教仏教など山岳修行伴う宗教伝来とともに、山岳修業行ったものは、霊力持つ者として崇拝されました。
近世以降には、宗教者だけでなく、一般民衆参拝のための集団)を組織して、霊山登拝行うようになっていきます。
恵み与えてくれるもの、そして厳しい自然象徴でもある山岳に、宗教的意味与え祭礼儀式行う山岳信仰古来人々抱いてきた山岳対する畏敬表われとも言えるのです。

修験道の成り立ちと歴史


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に、修験道について詳しく見ていきましょう。
修験道とされる、役小角は、奈良時代大和葛城山山岳修行者でした。「続日本紀」には、役小角弟子讒言によって伊豆流されたという記述があります。役小角については、多く実在についても確証はありませんが、奈良時代に、山岳修行行って呪術託宣通じた修行者存在があったことは推定されており、こうした山岳修行者が、山伏のルーツと考えられています。
やがて、陰陽道道教仏教など外来宗教影響受け、その平安時代天台宗真言宗密教成立すると、修験道教理的基礎ます。密教系道場山岳定められたため、僧侶山岳修行行いました。こうして、徐々古来山岳信仰融合していきます。
室町時代には、天台系仏教結び付いた本山派と、真言系仏教結び付いた当山派の2組織され、江戸時代入ると、山岳修行者はいずれかの所属させられることになります。そして、それまで全国各地遊行することが多かった山岳修行者は、定住し、人々宗教的部分関与し、加持祈祷をはじめ、調伏憑きもの落とし祭り導師など呪術関わる活動展開していきます。これらのは、密教道教修法符呪簡素化したものと言われています。
明治修験道政府神仏分離政策によって廃止されます。修験者多くは、僧侶神職分かれましたが、修験要素は、民間山岳信仰とともに、民俗慣行として暮らし残りました。第二次世界大戦後には、再び独立認められ、現在修験教団修験系新宗教存続しています。

岩手の神楽と修験道

ここで、岩手神楽修験道との関わりについて簡単触れておきます。まず、岩手県内神楽として最も多い山伏神楽」ですが、これはその通り山伏によって伝承されたものです。岩手県含む東北地方においては、鳥海山出羽三山早池峰山など霊山中心修験道広まり神楽布教手段一環としての役割担ったとされています。住みついた山伏は、安産祈願火伏せ雨乞い四季祭りなど、人々暮らし深く密着していきます。東北地方では、寺子屋開くことも多かったようです。
明治政府神仏分離政策によって修験道廃止された多く修験道場神道属しました。その山伏神楽神道影響仏教色払しょくしてしまったものが多く見られる仏教要素色濃く遺しているのが「大乗神楽」です。主題神仏習合本地垂迹説思想解釈し、踏み方にも修験道基づいた意味づけがあるとされています。
修験道廃止によって生まれ新しい神楽もありました。岩手県南地方中心に、山伏神楽衰退した農民で、歌舞伎郷土伝説取り入れ、セリフを伴う南部神楽」が成立します。山伏神楽形式伝えつつも、近い娯楽性高いものです。
また、社家神職組織した神楽である「社風神楽」も、その演目から山伏神楽との関連があるとされ、神道的要素山伏要素融合について、宗教歴史見地からも重要研究課題とされています。